1 急増するニホンジカによる植生被害と対策

伊吹山6合目辺りで、悠然と草をはむニホンジカの群れ

豊かな植生に恵まれた伊吹山は、近年急激に増加したニホンジカの食害により深刻なダメージを受けています。

伊吹山3合目では2012年(平成24年)頃から、頂上エリアは少し遅れて2015年(平成27年)頃からニホンジカの食害の影響が目立ち始めました。その後、被害はますます拡大し、特に貴重な花畑がある3合目や頂上辺りでは獣害防止柵を設置して限られたエリアの保護が図られています。

この獣害対策の原資は、伊吹山の登山者や来訪される皆さんから頂いた入山協力金(一人300円)にその多くを依存しています。これからも入山協力金の趣旨をご理解いただき、ご協力をお願いします。

次に、ニホンジカの生息の現状と対策、深刻な被害の状況、そして貴重な植生を守る取組を紹介します。


2 裸地化した斜面の崩壊

2023年7月12日、恐れていたことが起きました。たった15分程度の大雨でしたが、大きな石や岩を含んだ濁流が山腹を流れ、登山道が大きく崩壊しました。たまたま平日で登山者が少なく人的被害は発生しませんでしたが、これが土曜日や日曜日だったら濁流の直撃を受けた人がいたかもしれません。霊峰伊吹山の会は、この日も登山道整備のため入山していましたが、6合目避難小屋の近くで撮影した動画がNHKなどのニュースで放映され、目にされた方も多いと思います。たった15分間の雨でこの被害ですから、線状降水帯が発生し、何時間もの大雨が降れば、山麓にも被害が及び、伊吹山は何年も登山できない山になってしまうでしょう。11月現在、滋賀県と米原市において復旧作業等が行われていますが、抜本的な解決のためには、増えすぎた鹿の頭数管理と、山腹に根を張る植物の植生復元を早急に実施する必要があります。

霊峰伊吹山の会では、9月10日に8合目まで登り、登山道の整備と現況の確認を行いました。ここにその日の状況を掲載します。

過去12年間の山腹の変化

過去12年の間に、植生が大きく失われ、美しかったお花畑は喪失しました。

2011年7月11日

山腹は一面の緑に覆われていました。

2015年7月26日

少しづつ緑が失われ、裸地化が始まっています。

2023年9月10日

幾筋もの流水の跡とがれた斜面が目立ちます。残った緑は美しい花を咲かせる植物ではなく、鹿の忌避植物のコクサギです。



上の「1 急増するニホンジカによる植生被害と対策」で記載のように食害で裸地化し土がむき出しになった斜面は、保水力を全く失っています。そのような状況の中、近年の頻発する大雨は容赦なく大量の雨を裸地斜面に叩きつけ、一気に土砂を下部に押し流します。

特に6合目から8合目辺りの中腹はニホンジカ侵入防止対策が全くできていない無防備エリアです。このため食害によってかつての植生は失われ裸地化し、毎年起こる大雨で土砂が一気に流れ落ち、ガラガラした岩だらけの斜面や土砂むき出しの斜面が広範囲に広がっています。

根本的にはニホンジカの駆除による個体数調整、もっと言えば温暖化の防止対策が必要ですが、なかなか効果的な対策ができない状況です。このため、少しでも保水力を高めるため植生回復事業を試行し、その効果を検証しながら取組を拡大することが必要と考えます。

大雨後の山腹の状況(2023年9月10日)

中腹東側の斜面の状況

7合目付近から上部の状況

7合目付近から下部、中央の状況


中腹東側の植生が失われた斜面

中腹西側の植生が失われた斜面


3 登山道の損壊

ニホンジカの食害によって裸地化した斜面の崩壊は登山道の損壊につながります。

数年前から大雨の度に登山道が大きく荒れはじめました、斜面の保水力が無くなり、周辺斜面の降水を集めた雨水が一気に流れ落ち登山道を破壊します。そのエネルギーは想像を越え、大量の石が登山道を埋め、猛烈な雨水が登山道を深くえぐります。毎年当会メンバーがその修復作業にあたっていますが、斜面の崩壊を食い止めないことには結局修復した登山道が大雨で再び損壊する「いたちごっこ」になってしまいます。

伊吹山登山を安全に楽しんで頂けるよう、当会では登山道の修復とともに、行政が行う斜面の植生回復事業にも協力していく予定です。

7合目で登山道と流水跡がクロスするところ

2020年8月29日

深さは1.5mくらいでした。

2023年3月19日

幅も広がり、深さは背丈の倍くらいになりました。

2023年9月10日

大雨の後、一気に拡大。幅、深さとも6~7mになり、落ちればただではすみません。



5合目小屋の前にも大量の石が流入(2020年7月)      5合目の登山道の損壊         6合目避難小屋の土砂流出

【6合目から7合目への登山道の損壊】

大量の雨水の流入により登山道が深くえぐられ何か所も大きな溝が出来ています。早急に補修しないと、大雨が降るとさらにえぐれることになります。

【7合目から9合目の登山道の損壊】

登山道周囲の斜面の植生が全く失われ岩がむき出しになり、浮石が多く不安定な状況になっています。九十九折れの登山道が続くこのエリアでは上部からの落石により登山者が被害を受けるリスクが高くなっています。

また、斜面をトラバースする(横切る)登山道は、土砂の流出によりその幅が極めて狭くなり、滑落の危険性も高まっています。


猛烈に流れ落ちる雨水の痕跡

6合目避難小屋から7合目辺りのグーグル画像

 

九十九折れで続く登山道を上下に分断するような幾筋もの「縦溝」の跡が見えます。

これらは中腹斜面の上部の9合目辺りから裸地化し保水力を失った斜面の降水を集めて、一気に猛烈な勢いで流れ落ちている痕跡です。

縦溝は、横断する登山道を何か所も損壊させています。

 

これまで伊吹山のこの中腹斜面は、樹林帯が発達せずに草原に覆われていました。

これは、樹林が発達しにくい石灰岩質という自然的な特性もありますが、昭和30年代頃まで山麓の人々が毎年田畑の肥料やそれ耕す牛馬のエサとして中腹の草を刈取り利用していたころから、人々との関りによって草原が守られてきました。

このため、他の山にはない広範囲の草原地帯が広がり、植物はいろんな花を咲かせてきました。

 

しかしながら、この伊吹山の植生の特徴が地球温暖化なども原因とするニホンジカの急増や頻発する大雨に対して極めて脆弱なことを露呈しました。

 

抜本的な対策が必要ですが、まずは試行的な植生回復事業への着手が必要であり、行政が行う事業に、当会も積極的に協力していきたいと考えています。

大雨の後の流水跡

下の写真と比べてください。

6合目付近、避難小屋に向けて流れています。

7合目の上部

7合目下から9合目を望む。いちばん被害の大きい箇所。



雨水が流れ落ちた痕跡

【左の写真】  7合目辺りから6合目避難小屋を目指して、斜面を削り流れ落ちた跡。

【中央の写真】 6合目半辺りから上部を望む。上から縦に雨水が流れ落ちた跡。

【右の写真】  7合目から9合目を望む。ここも上からの雨水が写真手前のように登山道をえぐっている。